熊本くにみの「春舞い」

炭鉱遺跡を幻想的に

「春舞い」1995年(織田廣喜美術館蔵)

「春舞い」1995年(織田廣喜美術館蔵)

織田廣喜美術館では、織田廣喜の絵画はもちろん、織田の愛妻や息子たちの描いた絵画、他の作家から寄贈された作品や資料が湿度や温度が一定に保たれた窓のない収蔵庫で厳重に保存されている。

外部からの影響を避けるために鉄の扉で閉ざされた部屋の中で、ひときわ美しく異様な存在感を放つ作品が、熊本くにみさん(80)が制作した木版画「春舞い」である。

炭鉱の巻き上げ機台座に、さまざまな草花が組み合わさり、チョウの羽のモチーフや春風を思わせる柔らかな曲線が、収蔵庫の中に立ち込める重い空気に、爽やかな一筋の光をもたらしている。

熊本さんは、大隈町(現嘉麻市)で生まれ、筑豊で育った。創作することが好きで、20代のころから書、水彩、油彩などさまざまな表現技法を学んだが、一番自分らしい発想で制作できる木版画に出合い、その魅力にとりつかれた。傘寿を迎えた現在も、彫刻刀を持ち続け、斬新な構成、技法で木版画のイメージを覆す作品を精力的に発表している。

絵画と違って、彫刻刀を使う木版画は、一度彫るとやり直しができないと思われがちだが、熊本さんはそうではないという。そして、従来の技法にこだわることなく、これからも作品を制作して発表したいと語る。

2002年には、当館で「熊本くにみ心象木版画展」を開催し、木版画を始めた20代から60代のころまで制作した作品を展示した。当時、熊本さんは炭鉱の風景や残存する建物を遺跡としてとらえた作品「YAMAの遺跡」シリーズを次々と発表。「春舞い」は、この時にシリーズの一部として展示された作品で、後に美術館に寄贈された。

「熊本くにみ心象木版画展」を開催時の写真(前列中央が熊本さん))

「熊本くにみ心象木版画展」を開催時の写真 (前列中央が熊本さん))

「あのころは、洗炭場跡や立て坑の巻き上げ台、ぼた山など炭鉱の風景がまだ多く残っていました。私は人々が命がけで働いてきたその場所をモチーフに作品にして、後世に残したかったのです」

「春舞い」に映し出されているのは、かつて日本のエネルギー産業を支えてきた炭鉱が閉山となり、筑豊の行方に陰りが見えてきた時代。そういわれてみれば、美しい植物や季節の風の中に力強くたたずむ炭鉱の遺跡たちは、どこか幻想的で物悲しく感じる。

熊本さんは、エネルギー革命後の激動の日本で、忘れ去られようとした筑豊の歴史を版木に刻みこみ、作品にして、最適な状態で保存できる収蔵庫を持った美術館に託したのだ。その作品がいつまでも後世に残るようにと願いを込めて。

収蔵庫の独特の重い空気は、作品に込められた作家たちの願いや思いが、狭い空間で渦巻いているからかもしれない。「春舞い」は今日も熊本さんの願いと筑豊の歴史を刻みこんだまま、美術館の暗い収蔵庫の中で光を放っている。

織田廣喜美術館で開催中の第12回嘉飯山の画家たち展に熊本さんの最新の作品2点が展示されている。31日まで。

(織田廣喜美術館・藤嶋芳絵)

*西日本新聞朝刊 「美術館モノがたり 筑豊3館収蔵品から」平成28年7月23日(土)掲載分

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