木村健一「坂と港のある風景」

空想膨らむ幻想の街

木村健一「坂と港のある風景」(1990年)油彩×画布

 

織田廣喜美術館の教育普及事業「アートキッズ」では、子どもたちと企画展をつくるという活動を6月から行っている。嘉麻市の小学生が、「ひと」をテーマに、館のコレクションの中から一枚の絵を選び、その絵について調査した結果や、想像して制作したドレスや家などの立体作品を絵とともに展示する。

その活動で、「きれいなひと」というテーマで、小学2年生の女の子が選んだ一枚が、木村健一さんの「坂と港のある風景」であった。選んだ理由は、建物の屋根の色がきれいで、一人で歩いている人が気になったから。

優しい色にあふれた街を一人で歩く人は、これからどこに向かうのだろう。他の人は何をしているのだろう。この人は外国に行くのではないか。きっと他の人は魔法をかけられて寝ているんだと、幼い少女の空想が膨らんでいく幻想的な絵である。

木村さんは、1938年に京都市で生まれた。父の仕事の関係で幼い頃に筑豊に移り住み、結婚後に嘉麻市鴨生に居を構えた。幼児期の病気で耳が不自由になり、家にこもって絵を描くようになったそうだ。経済的な理由で美術学校には進めなかったが、独学で油絵に取り組み、風景画を中心に作品を制作。飯塚市内の映画看板店や新聞販売店などで働き、好きな絵を描き続けた。

86年からは、飯塚市の絵画グループ「環」に参加し、日本美術家連盟会員の倉知憲夫さんから筆談で絵の指導を受ける。グループには、働く女性や障害者など絵を心の支えとした人が集まっていた。「新しい油絵の世界が見えた。一段と絵が楽しくなった」

写実的な画風が感覚的なものに変化し、飯塚総合文化祭美術展で県知事賞などを受賞する。「坂と港のある風景」は、90年福岡県美術展覧会に初出展で入選した作品でもある。それ以降、4年連続で入選を果たした。98年には、筑豊洋画作家協会会員になり、60代になってもさまざまな公募展に作品を出展し、入選、入賞するが、2006年に67歳で他界した。

「坂と港のある風景」は、夫の残した絵を多くの人に見てもらえるようにと、妻の直子さんによって13年、美術館に寄贈された。

絵画教室への送迎をし、障害のある夫の絵の制作を支え続けた直子さん。夫はにぎやかな場所と青い色が好きで、数多くの街の風景を描いていた。本作品も、社員旅行で行った長崎の街の風景を下地に描いた。耳が聞こえず、外出の機会が少なかっただけに「外の世界」への思いが強かった。それが作風にも反映されているのではと語る。

かつては挿絵画家を目指したという木村さんの鮮やかな色彩に包まれた幻想的な街の絵。少女が見つけた、たった一人で歩く人は、木村さん自身だろうか。憧れた外の世界へ行けたのだろうか。

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織田廣喜美術館で10月1日(日)まで開催中の「アートキッズ展」では、木村さんの作品など子どもたちが選んだ20点と創作物を展示している。

(織田廣喜美術館 藤嶋 芳絵)美術館モノがたり 7月29日土曜日 西日本新聞朝刊掲載分

 

 

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