帽子デザイナー  田畑恵美子さん(54)=直方市

 

ストーリー描き制作

今はシャッターの閉まった店が多くみられる直方の商店街だが、田畑恵美子さんが幼いころの記憶は華やかでおしゃれな場所だった。毎年夏には、おしゃれ好きの母親と一緒に直方の中心街に出て、新しい帽子を買ってもらった。土遊びに夢中になる少女だったが、針仕事をしている祖母の横で人形の服を縫ったりするのも好きだった。

服を作りたくて地元の高校の被服科に進み、その後、日本デザイナー学院ファッション科で学んだ。卒業したのは1980年代初頭で、デザイナーズブランドがブームになり始めたころだった。福岡市内の小規模のアパレルメーカーで、1年間、服を作る仕事に就いた。

「当時、お洋服っていっぱい買えるものじゃなくて、たまに買うものなので、とても大事にしていたし、買うときも慎重でしたね。みんな、今よりもおしゃれに対する夢が大きい時代だったように思います。作るのがすごく楽しかったですね」

ブームの最中、田畑さんは作る仕事から売る仕事へと転じた。ある有名ブランドに就職し、服の買い付けから販売までを担った。その仕事を10年続けたが、そこで洋服に対する気持ちが変わったという。田畑さんが辞めるころは、バブルの絶頂期。数十万円もする高価な服が次々と売れた。その一方で売れ残った洋服は誰にも着られないまま処分されていった。「ものが大事にされない。消費に対する違和感」があった。

会社を辞め、事務の仕事などをやったが、また作る仕事をしたいと思い始めた。かつてパリコレにスタッフとして参加した時、帽子を担当していたデザイナーが、制作時の思いを楽しそうに話していたのを聞き、その場で「私も帽子を作る人になりたい」と言った、その自分の言葉が頭の片隅でくすぶっていた。

幼いころから好きだった帽子への思いは次第に強くなり、働きながら帽子作りの専門学校で学び直した後、帽子のデザインを始めた。直方に戻って自宅をアトリエにし、各地で展示販売を行うようになった。

シルクウールハンドメイド「包」(2014年、作家蔵)

シルクウールハンドメイド「包」(2014年、作家蔵)

田畑さんによると「帽子をかぶると別人になれる」のだという。ものは試し。普段から服装に無頓着で、帽子などほとんどかぶらない私が、田畑さんの帽子を試着させていただいた。鏡の中に見慣れない自分がいる。ちょっと背筋を伸ばしてみる。なるほど、帽子に合わせて立ち振る舞いも変わりそうだ。その帽子に釣り合う自分を演じようとしている自分がいることに気付く。照れもあるのか気持ちも少し上がり調子だ。

「その人がどんなシーンでかぶるのか、ストーリーを思い描いて帽子をつくる」という田畑さん。作り手の想像力が、かぶる人の心をくすぐり、明るい気持ちにさせてくれるのかもしれない。

自分の帽子を長く愛用している人に出会うとすごくうれしいという。「いつまでも心に残るものをつくりたい」。田畑さんの帽子への情熱は尽きない。

(直方谷尾美術館・中込潤)

*西日本新聞筑豊版「情熱の磁場」 平成27年9月12日掲載分

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